・・・・“金属療法”とルイ・ヴィーヴ


”金属療法”(メタロセラピー)

「これは、身体の適切な部位に磁石や様々な金属を当てると、ヒステリーによる無感覚や拘縮(筋肉の痙攣による手足の持続的収縮)や麻痺が除去される、というものである。」
ブーリュビュロ(前出)は、この方法をさらに進めた。彼らは、さまざまな液体を小さなフラスコに入れた上で、それを紙に包んだ。(中略)彼らは、患者の頭の後ろのところで、その薬剤等を含む物体を保持していた。しばらくすると、患者はまるでそれを実際に飲み込んだかのように、気分が悪くなったり、逆に気分がよくなったりした。」


「この話が重要なのは、ヴィーヴの持っていた多くの状態が、磁石や金属や臭化金のような金属化合物によって誘発されたからであり、また、ヴィ?ヴが、離れたところにある多くの金属や薬物に反応を示す代表例として使われたからなのだ。」
「私(ハッキング)の意見では、科学と医学という観点から見る限り、ブーリュとビュロの研究はくだらない代物である。それらも関わらずこの研究が重要なのは、(中略)『特定の人格と特定の記憶の間のつながりが認められた』研究だからなのである。」


ブーリュとビュロによるルイ・ヴィーヴの実験

「彼らは精力的に実験して、異常な結果を得た。ある物質を接触させることが、身体の新しい部分の新たな麻痺及び(または)無感覚を生み出すのだ。」


「一つの実験目標は、対麻痺、すなわち、クサリヘビを見た後の刑務所農場におけるヴィ?ヴの状態だった。これは首筋に磁石を当てることで再現された。」
「磁石が首筋に当てられたとき、彼は対麻痺になっただけでなく、クサリヘビのことも思い出したのだ。」


「さまざまな物質が、他のヒステリー性身体症状を生み出していた。(中略)いろいろな金属化合物はそれぞれ、別個の身体症状と、人生の別個の部分についての記憶を持つ人格を持った、新しい状態を生み出した。」
「一八八五年の最初の論文で、第一状態から第八状態までの状態のことを述べた。一八八八年の本では、完全に発達した状態の数をに減らし、それに非常に多くの断片的な状態が加わっているとした。」


「移行は普通、誘発がなされた後、深呼吸と痙攣やひきつけを契機に始まる。」
「第六(または第八)状態は他の状態とはどこか違っていたことは言っておかねばならない。この状態は、数時間に及ぶ興奮やひきつけや幻覚で始まった。(中略)その結果現れる人格は、対麻痺のこと以外は、ヴィ?ヴの人生の出来事をすべて記憶していた。」注・ISHを連想させる。


実験の意義・意味

「私(ハッキング)が言いたいのは、ヴィ?ヴ乃担当医たちが、多重人格という観念に対し、概念空間を創造したという点なのである。」
「ブーリュとビュロは、人格を識別するための見事な方法を用意した。」


「私の見方では、ヴィ?ヴは、人格状態と身体症状が一致するような訓練を、事実上、受けていたのである。」
「最初の段階では、対麻痺と従順な第二状態の出現は、自然発生的なものだった。彼は、そのことで報酬を与えられた。(中略)彼らの期待に添い、更なる褒美を期待するためには麻痺を移動させ、それに合わせて人生の異なる部分の経験を再現し、(中略)自然発生的に起きていた状態のまねをする以上によいことなどあるだろうか?」


(アト注)
どうもこれだけ読むとまるで全体が大きな詐欺であるように感じてしまうかもしれないが、そういうことではない。
「適応の道具」という人格の基本的な機能から見る限り、どのみちそれぞれの人格は特定の契機によって”誘発”されるものである。そういう意味では今日の多重人格者が様々な状況や対人関係や内部状態という”契機”に応じて『人格』を形成・交代させるのも、ルイ・ヴィーヴが実験者の与える金属療法的刺激に対応して人格状態を変移させるのも本質的には同じことである。



記憶と人格

『以前の意識の状態を現在の状態と比較することは、過去の心的人生を、現在のそれに結びつける関係である。これが”人格の基礎”だ。自らを過去の意識と比較する意識が、本当の人格なのである。』(ブーリュとビュロ)


「ブーリュとビュロは特定の人格と特定の記憶の結びつきを明らかにした。(中略)しかし、“多重“人格の話をするときに限り、この結びつきがきわめて致命的なものになる点に注意してほしい。もし人格が二つしかないのであれば、二番目の人格は、所詮、二番目に過ぎない。しかし、もっと多くの人格があることを認めるなら、どれがどれなのかを見分ける方法が必要になる。」


(アト注)
後段は今一つ本意が不明な気がするが、要するに「”多”な状態を認めて把握するためにはともかくも一貫した症状言語や概念空間が必要なのであり、根拠に疑問はあれどブーリュとビュロはそれを提供して、精神医学(とその背景に広がる社会)の中に『多重人格』という関心領域を確立することに貢献した」ということか?

・・・・嘘から出た真。