前回に続いて割りと業界内部の話で、ちょっと地味ですね。

かなり批判的な論旨ですが、注意してもらいたいのは筆者(イアン・ハッキング)は決して多重人格という現象の実在を疑っているわけでも、多重人格障害や多くの場合その重要な原因とされる幼児虐待の苦痛や重大性を軽く見ているわけではないということ。
逆にだからこそ誤解や疑念を抱かれるような粗雑なやり方はまずいという親心と、そして勿論科学者・哲学者としての本分から来る関心でこういうことを書いているわけです。

次回からまたもう少し一般的関心に近いだろう内容になる予定。


・・・・多重人格の”原因”(前章)同様、この現象の客観化の手段であるはずの測定行為についても、多重人格の専門医たちのやり方は循環的で自己完結的である。前提が結論に、背景となる枠組自体がその検証に含まれてしまっている。
併せて「科学的知識」の対象としての多重人格は、未だに十分に確立されているとは言えない状態にある。

連続体仮説

多重人格は個別の突発的な障害ではなく、全ての人にそれぞれの強弱で見出し得る「解離傾向」(解離しやすさの度合い)が、解離を誘発するような刺激(幼児虐待など)によって極端に強められた形で表現されてしまったものであるという考え方。


「多くの文献が、この能力(解離能力)の段階の程度は生来のもの、遺伝的なものということを示唆している。
この示唆には二つの重要な要素が含まれている。第一に、解離には程度の差がある、つまり、解離傾向がもっとも強い者を一方の端に、解離傾向がもっとも弱いものを他端というように、すべての人に順番をつけて直線状に並べることが出来る線形的なものである。」(
6.原因の章より)


「パットナムは著書の中で、『解離の適応機能(注)という概念の中核をなすのは、解離現象が連続体上に存在するという観念である』と、書いている。」
(注)”生来的に解離傾向の強い子供が、トラウマへの対処の装置として解離を利用する”という現象、考え。


(根拠)パットナムによる


1.催眠術へのかかりやすさが連続体として認識可能なのはよく知られたことである。そして催眠術へのかかりやすさと多重人格へのなりやすさとの間には、経験的に強い相関が想定されている。従って多重人格へのなりやすさ=解離傾向も催眠術へのかかりやすさと同様に連続体を形成していると仮定出来る。
2.<解離経験尺度>(DES)についての研究結果。


1.については催眠術の専門家から、過度の一般化だとの強い批判がある。
2.については次に。


解離経験尺度(DES)


バーンスタインとパットナムが一九八六年に発表した、解離傾向を測定する為の自己回答型のテスト。
今日まで広く使われている。


特徴
・それぞれの質問に対して自分がどれだけ当てはまるか、%で答える方式。
・あからさまに「病的な」状態だけでなく、いわゆる白昼夢や放心・熱中状態など健常者にも普通に現れる状態についての質問も含めて構成されている。


DESによる”研究”結果
・解離傾向が連続的であることが分かった。
・このテストで病的とみなされる「30点」以上を示す回答の多さから推測すると、北米での多重人格の発生率は2%以上、大学生に限定すれば5%かそれ以上と考えられる。


批判
・質問の意図が見え透いていて、回答者が見せたいように自分を見せることが出来る。
・質問項目の設定自体が、解離傾向の連続性を導き出すように作られている。(例えばより厳格に病的な項目だけで構成すれば、直ぐにも治療の必要があるようなレベルの人しかマークせずに結果は非連続になるだろう。)
・DESの結果から推測された多重人格の発生率は、実際の精神科医たちの経験からすると余りに非現実的に高率である。
・各種の中立的な研究結果には、DESの得点と被験者の実際にかかっている疾病に含まれている「解離」の要素との間には相関が見られないという結果が多数ある。
・統計学的にあらゆる観点から見て検証が不十分である。(詳細省く)